戦争と平和
はじめに誰を信じたのか
誰が最初に誰を抱きしめるのか
千の希望と
その希望を引き裂いた憎しみ
愛は遠く離れている
嗚呼 戦争と平和
嗚呼 憎しみと愛
心がどれほど悲しみに溢れているか
この世界を慰める方法は?
天秤の両側で
氷と火
善と悪は戦い続ける
答えは思考の中に
嗚呼 戦争と平和
嗚呼 誤解と理解
時が経つにつれ
化石のように凝った涙
愛と憎しみのわけを
いったい誰が覚えているのか
時が経つにつれ
化石のように凝った涙
愛と憎しみのわけを
いったい誰が覚えているのか
※動画中の説明はあくまで個人の感想であって、直接ディマシュとは関係ありませんので、ご了承下さい。
ディマシュはカザフスタン人であって、ウイグル人ではありません。
しかし、中国のウイグル人収容所にはカザフスタン人も多く収容されています。
国際法上問題がある行為が発生していると考えるNGOや市民等が、自主的に有識者を集めて構成する模擬法廷である英国の民衆法廷で、中国は強制的に臓器を収奪している犯罪国家であると断罪しました。
https://www.newsweekjapan.jp/kimura/2019/06/post-56.php
ディマシュの【戦争与和平/War and Peace/戦争と平和/】は皮肉にも中国でリリースされました。
一方でウイグル自治区ではカザフ語で書かれた書物も梵書の対象に。
カザフスタンのディマシュをスターに押し上げたのは彼の実力も勿論ですが、イスラム教徒だからウイグル人を差別しているのではなく、ウイグル人はテロリストであり、泥棒であるという偏見を正当化し、増長したい狙いもあるのかもしれません。故に、カザフスタン人には平等に対応しているという中国共産党のアピールがあるものと思われます。
また、一般の中国人はウイグル人の弾圧をや強制収容所への収容を教育訓練だと信じているのかもしれません。言論統制も勿論あるのですが、人は見たくないもの、聞きたくないものには自然と蓋をしてしまうものです。ましてや自国の人間が人道に反してるとは考えたくないものです。
ディマシュは言いました。
「私は部族民、同胞が悲しみ、試練を経験しないようにいつも祈っています」
彼の名前はムハンマド(イスラム教の預言者)から贈られた天使という意味があるといいます。きっと、同じイスラム教徒として心を痛めている筈です。
大陸は過去から現在に至るまで常に隣国との戦争の危険に晒されています。
正直、彼が世界への足掛かりに中国を選んだ背景を考えると複雑な思いもありました。でも、この発言を聞いた時彼の本音を聞いた気がしました。
ここから少し歴史の話をします。
東トルキスタン(ウイグル自治区)の隣国であるカザフスタンもロシアからの独立を果たした国です。カザフスタンは西トルキスタンと呼ばれていた時代もあります。
カザフスタンを含む中央アジアはもともとトルキスタンと呼ばれている地域で、(いわゆるシルクロード)「テュルク系の民族がすむ土地」という意味があります。そして中央アジアにはウズベキスタン,キルギス,タジキスタン,トルクメニスタンがあります。(キルギスは元の名称はキルギスタンです)その中でも、カザフスタンは西トルキスタンと呼ばれ帝政ロシアの時代に支配下に組み込まれ、ソ連の崩壊と共に独立しました。
残された東トルキスタン(ウイグル自治区)の人々が中国からの独立を望むのは当然の事と言えます。何故なら、もともとは中国ではなく、戦後のどさくさに紛れ、チベットやモンゴルと同様、侵略された国であり、こうした少数民族の文化的なジェノサイドを中国は行ってきたからです。
1966年、中国で文化大革命が起きた時にもモンゴル自治区には150万人弱のモンゴル人が住み、一方、侵略してきた中国人はその九倍。モンゴル人は圧倒的な少数民族に追い込まれ粛清の対象となりました。
中国共産党は国策として「反体制的な少数民族の弾圧と管理」を行っており、それは中国共産党が一党独裁を行う上で重要な意味を持ちます。
しかし人道的な側面から考えるとするならば、それは決して許してはいけない事なのです。
こうしたカザフスタンと東トルキスタン(ウイグル自治区)の歴史を考えると、ディマシュの複雑な心境が偲ばれる筈です。
また、また、9.11以前からもあったことですが、キリスト教圏でのイスラム教徒への偏見、ロシアにおいてはキリスト正教徒が多い事など、イスラム教徒の彼にしか分からない思いもきっとあると思います。
そう感じて作ってみました。
ディマシュが世界で名声を博し、同胞とも言えるウイグル人にも光が当たる事を願ってやみません。
世界中の人々の平和でありますように。